岩波少年文庫の装丁の歴史

1950年に創刊した岩波少年文庫は、今年60周年を迎えました。驚くのは、最初に出版された5点(宝島、あしながおじさん、クリスマス・キャロル、小さい牛追い、ふたりのロッテ)が、今も出版され続けていることです。これは、選書の素晴らしさによるところが大きいと思いますが、その一方で、時代に合わせて、翻訳や装丁を変えてきたという出版社の地道な改善も貢献していたのではないかと思います。ここでは、そんな予想を検証する意味で、少年文庫の装丁の変遷をたどってみたいと思います。便宜上、第1期〜第6期と称して整理したのが下の表です。

装丁 創刊60周年小冊子より抜粋 価格(参考) 資料
1 1950- ソフトカバー。アイヌの刺し子がモチーフ 日本の伝統的な織物や刺し子から選んだ3種類のもようを、おちついた色合いの赤・青・緑の3種類の色で印刷した装丁。ひろく読まれることを願って、ソフトカバーの廉価版(当時の値段で90円〜200円)にこだわりました。 90円〜200円
2 1954- 段ボールの箱入り(タイトル部分は色紙貼り)。本体はハードカバー(ハトロン紙巻き?)。刺し子模様。 公共図書館・学校図書館からの要望に応えて、ハードカバー化。 家なき子180円 写真01
3 1967- ボール紙の函入り(本体と同じデザイン)。本体はハードカバーで表紙にはイラストを大きくあしらった。 創刊以来の装丁を一新。1冊1冊の個性をうちだしたイラスト入りの表紙。函入・ハードカバー版に。 続ガリヴァー旅行記300円、町からきた少女260円、アンナプルナ登頂500円 写真02写真03写真04
4 1974- ソフトカバー(2色刷り) オイル・ショックの影響をうけ、簡素なソフトカバーの軽装版に。 長い冬(上・下)各400円、愛の旅だち550円 写真05
「図書」1974年10月号
5(創刊35年) 1985- ソフトカバー+4色刷りのカバーがけ。 4色刷のカバーをかけたソフトカバー新装版。 冒険者たち700円、合言葉は手ぶくろの片っぽ700円 写真06
「図書」1985年9月号
6(創刊50年) 2000- ソフトカバー+4色刷りのカバーがけ。幅を113mmから120mmに増やし、文字も読みやすくなった。 ゆったりと読みやすい判型にリニューアル(左右の幅を7ミリ増)。 中心価格帯600円〜800円 写真07写真08

第1期

1950年、創刊当初の第1期は、実物が手元にないため、不明な点が多いのですが、「アイヌの刺子を図案化した装幀」(「図書」1974年10月号「こぼればなし」)であるようです。(お客さまよりお借りして実物を見ることができました!詳しくは、岩波少年文庫装丁の歴史2へ)

第2期

1954年、「学校図書館その他の要請で」(「図書」1974年10月号「こぼればなし」)ハードカバーになり、段ボール製の箱に入れられました。そのような要望があること自体、この少年文庫が支持され、求められている証左でもあるわけで、「この文庫が都市はもちろん、農村の隅々にまで普及する日が来るならば、それは、ただ私たちだけの喜びではないであろう。」という「発刊に際して」の志の芽が順調に育っていたのではないでしょうか。箱には、書名や作者名に加えて、さし絵があしらわれた色紙が貼られていました。本体の装幀は、第1期の刺し子模様が受け継がれ、ハードカバー仕上げ(コートされていない紙仕上げ)になりました。おそらくハトロン紙が巻かれていたと思います。

第3期

1967年には、装幀が大きく変わります。本体の表紙は、イラストが大きく配置されて、見た目に強く訴えるデザインになり、紙質もツルツルとした厚手のコート紙になりました。箱もボール紙になって、薄くしかも丈夫になりました。デザインは、本体の表紙と共通で、イラストが大きく扱われています。背表紙にも、作者名と訳者名が入るようになり、まさに「やや小型な単行本」(「図書」1974年10月号「こぼればなし」)のような贅沢な作りでした。

第4期

1974年、日本をオイルショックが襲います。当時の「図書」を見ると、深刻さが伝わってきます。「中東戦争による石油の輸入削減に端を発した日本経済の混乱は、何一つ復調のきざしを見せないままに、年を越した。物価は上がる一方である。(中略)用紙削減はまず新聞界に、ついで出版界に深刻な影響を投げかけている。」(1974年1月号)「昨年末からこの一月にかけて、印刷用紙をはじめとして、印刷代・製本代・宣伝広告費等の値上りが連日のように伝えられる。値上げの幅も大きく、一年前とくらべて二・五倍になるものもある。それでも紙が手に入り仕事が計画どおり進むならば、結構といわねばならないのが現状である。」(1974年2月号)このような状況が続く中で、岩波少年文庫は11月から廉価版として徹することになります。ハードカバーからソフトカバーに変わりはしましたが、学校図書館等でも十分活用してもらえるように、「耐久性も強靭で、温度の変化にも強く、オフセット印刷にも適性度の高い特殊な材料」(1974年10月号)が投入されました。確かに、コシがあって汚れにくいだけでなく、コート紙のようなツルツルでないサラッとした手触りが特長でした。印刷は黒+1色で、枠もしくは上下の帯のように、赤や青、緑などの色の地がしかれていました。

第5期

オイルショックから11年、1985年の創刊35周年を機に、新装版が登場します。「創刊以来すでに三五年、総計二千万部を超えるほど数多くの人たちに親しまれてきたこの名作シリーズが、カラフルなカバーをつけて一一年ぶりに面目を一新します。内容についても総点検し、一部は版を新たにしていまの子どもたちに読みやすくなるよう努力しました。」(「図書」1985年9月号)本体の表紙は、紙質はほぼ同じままで、デザインは小さな正方形を格子状に並べた地に文字というシンプルかつ洗練されたものになりました。一方で、カバーは4色刷りのフルカラーになって、背表紙の色を対象年齢別に3種類に分けました。文字やレイアウトもきちんとデザインされ、現代的で洗練された装いとなりました。この明るく楽しい雰囲気にひかれて、少年文庫を手に取る子どもたちも増えたのではないでしょうか。

第6期

それから15年、2000年の創刊50年を機に、さらに少年文庫は進化します。幅が7mm大きくなり、文字がほんの少し大きくまた太くなりました。気が付かないような、地味な変化ですが、読みやすさはぐっと向上しています。こういったところまで気を配ってくれているのは、実にうれしいことです。また、背表紙の色分けは基本2種類になり、シリーズものは別の色にしてわかりやすくしています。さらに、シリーズごとにマークを作り、それも目立つように背表紙に入れるようになりました。

最後に

ここでは触れませんでしたが、訳の見直しも時々行われています。装幀の見直しとともに、「いまの子どもたちに読みやすく」する努力が続けられてきたがことが、60年間読み継がれてきた要因のひとつであることは間違いないと思います。

岩波少年文庫の装丁の歴史:写真01:第2期。箱は段ボール製で、タイトル部分は色紙が貼られている。 岩波少年文庫の装丁の歴史:写真02:第3期。箱がボール紙製になり、本の表紙と同じデザイン 岩波少年文庫の装丁の歴史:写真03:第3期。「長い冬」の口絵。 岩波少年文庫の装丁の歴史:写真04:第3期。「トム・ソーヤの冒険」の口絵。なんとカラーで、しかも絵はノーマン・ロックウェル。 岩波少年文庫の装丁の歴史:写真05:第4期。ソフトカバー化。 岩波少年文庫の装丁の歴史:写真06:第5期。カラーのカバーが付いた。表紙や背表紙の文字も丁寧にデザインされていて美しい。 岩波少年文庫の装丁の歴史:写真07:現行仕様である第6期(右下)と第5期の比較。高さはそのままで幅が113mmから120mmに広がった。この「冒険者たち」は絵も書き直されている。 岩波少年文庫の装丁の歴史:写真08:現行仕様である第6期(右)と第5期(左)の比較。新しい方が読みやすい。 岩波少年文庫の装丁の歴史:少年文庫60周年記念小冊子の「岩波少年文庫の60年」 岩波少年文庫の装丁の歴史:「図書」1974年10月号の編集後記「こぼればなし」。廉価版にすることの説明。 岩波少年文庫の装丁の歴史:「図書」1985年9月号の「こぼればなし」

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