ドイツの旅99(佐々木)

1999/02/02●ザイフェン訪問(ドレスデン〜ザイフェン〜ドレスデン泊)

誰からともなく5:00ごろ起きる。まだ暗い。朝食は6:00からなので、各々本を読んだりしてのんびり過ごす。私は川西芙沙(ふさ)さんの「ドイツ おもちゃの国の物語」のザイフェンのところをぱらぱらめくり、下着一式を例の小さな洗面台で洗って、パネルヒーターのところに干す。お湯を使っているが粉石鹸の泡立ちが今ひとつ。荷物をまとめて、6:00過ぎホテル1階のレストランへ。ビュッフェ形式で、パンやチーズ、ハムにシリアル、ゆで卵、ヨーグルト、くだものといったメニューだが、なんと野菜が全くない!!これが、ドイツなのか。「丸いパンを横方向に美しく切るのが、ドイツ人の作法なのだ」という相沢氏の講釈とか、エッグスタンドを使った半熟卵のおいしい食べ方(相沢氏は以前ドイツを訪れた時にこれに凝って、日本に帰ってからもしばらくやっていた時期があったらしい)について話しながら、一通り食べ終えたところで、約束の7:00ごろ女性2人登場。「コーヒーをいれる機械は2つあるけど、あっちの機械のほうがうまい」とか、先に食べてしまった我々はやたらに助言してうるさいこと。サナダムシの話などをしながら盛り上がる。自分が食べ終わっても、他人が食べているので、ついまた何かを取りに行ってしまうという終わりのない繰り返しに7:45ごろ、ようやくケリを付ける。

身支度を整えてロビーへ。カウンターで、ドレスデンの市内案内と交通路線図をもらう。8:20ごろ、我々をザイフェンまで送ってくれるタクシーの兄ちゃんが登場。我々と同様ニュルンベルクのメッセに参加する樋口さん(エルフ代表)達のツアーに参加している「木楽や」斎藤氏からのメッセージ「ザイフェンにようこそ!」付き。この兄ちゃんの会社の社長さんは、昨日樋口さん達を乗せたようで、その時にメッセージを託されたらしい。FIATのワゴン車に乗ってザイフェンへ。町を出るとすぐに高原地帯に入り、真っ白の雪景色になる。雪も降り始めるが、兄ちゃんは結構飛ばすので、雪慣れしていない私なんかは怖いのであった。外は真っ白で景色もよくわからない。だんだんと幹線を外れて、いよいよエルツ山地の中へ。ザイフェンの様におもちゃを作っている小さな村を2〜3つほど通る。細い山道を走っているせいか、私はだんだん酔い始めてきた。露木さんも「少し気分が悪い」とのこと。兄ちゃんに聞いたらあと5分とのことなのでそのまま直行する。すぐにSINA(ジーナ)社の工場が右手に見えた。こんな知らない山の中で、見慣れたロゴマークを見つけたうれしさで私は思わず「ジーナだ!」と叫んでしまう。ついでに「ジーナー♪」と西城秀樹の真似をする。ジーナ社は、ドイツのおもちゃ卸兼メーカーであるデュシマ社とザイフェンの玩具工場の合弁会社で、デュシマ社社長の愛娘の名前が社名になっている。そしてすぐにザイフェンの中心地に到着。ドレスデンからの所要時間1時間半ほど。

今回のザイフェンでは、ヴェルナー(Werner)さん一家の工房を訪問した後、残念ながら改装閉館中のおもちゃ博物館(Spielzeugmuseum)の館長アウアーバッハ(Dr. Konrad Auerbach)さんに村を案内してもらい、最後にミューラーさんのお店でお土産を買い、そこへタクシーが迎えに来てくれてドレスデンに帰るという予定である。ヴェルナーさん一家は、ザイフェンで活躍し、優れた技を持つ職人一家である。父親のヴァルター(Walter Werner)さんは、三男のジークフリート(Siegfried Werner)さんと一緒に工房を持ち、長男のクリスチアン(Christian Werner)さんと次男のヴォルフガング(Wolfgang Werner)さんは独立して、それぞれの工房を持っている。彼等の工房はザイフェンの中心地にそれぞれ余り遠くない距離にあり、ヴェルナー一家としてパンフレットを作ったり、メッセに出展したりしている。

最初に訪問したのは、次男ヴォルフガングさんの工房。ヴォルフガングさんは、メッセの準備ですでにニュルンベルクにいるとのことで、妻のウーテ(Ute Werner)さんが我々を迎えて下さる。まだ新しい工房は木をふんだんに使った内装で、非常に洗練されていながら暖かい温もりがある。2階の事務所兼ショールームに案内されて、作品を見せてもらいながらお話しを伺わせてもらう。ヴォルフガングさんは、やじろべえや可愛いオルゴールなど動きのあるおもちゃを伝統を踏まえて作っている。どれも可愛くて綺麗で、ユーモラスな動きが特徴的である。ウーテさんは「あまりうまくないけど」と言いながら英語が上手で、柿田氏のドイツ語力の限界を超えると、川島さんの英語を交えてお話しを聞く事ができた。

我々の知らないアイテム(ニルスをモチーフにしたモビール、まゆ玉落とし、マジックハンドのような振り子の馬の行列、どんぐりのやじろべえのお母さんとゆりかごなど)や、最新作のばく転宙返り男(little tumbling man)を見せてもらう。この作品は、カタログによれば1850年に発行されている「Waldkirchen pattern book(森の教会のパターンブック?)」に掲載されている古典的なおもちゃを現代に蘇らせたもので、ウーテさんによれば、オリジナルに比べて手足の付け根のカムの部分を改良し、中の銀の玉を別の新しい材料に変えたらしい。この階段を降りていく人形は中国のおもちゃとして知られているが、1840年ごろからドイツのチューリンゲン地方で作られていたらしい(ニュルンベルクおもちゃ博物館のパンフレットによる)。ヴォルフガングさんの作品は、限定生産で通し番号付き、ここにあるのは試作品とのこと。相沢氏は大変気に入って早速お土産に買う。柿田氏も店用に少し注文する。

ニルスをモチーフにしたモビールは、ニルスの乗った白鳥と4羽のワイルドグースを形造ったもので、ものすごく可愛い。帰国して妻にカタログを見せたら「これ欲しい」とのたまわった。我々にもなじみが深い手回しオルゴールは、小さなハンドルを指で回すと、箱の上に付いているメリーゴーランドが回り、オルゴールが鳴るものなのだが、ウーテさんの話では、最初はオルゴールではなく小さな木の片をはじいて鳴らすものだったらしい。それは、音の鳴る様から「ビンビンボックス」と呼ばれていて、1800年以前からザイフェンで作られていた。今でもヴォルフガングさんは1つのアイテムに、オルゴールバージョン(ウーテさんはミュージックボックスと呼んでいた)とビンビンボックスバージョンの2通りを用意している。我々もその音を聞かせてもらったが、「ピンポンパンコン ピンポンパンコン」といった素朴で愛らしい音で、「ビンビンボックス」の名前と相まって、我々に強い印象を与えた。

柿田氏、露木さん、川島さん、私は、お土産として「まゆ玉ころがし(gleeful tembler)」を買った。これも歴史の古いおもちゃらしく、1835年の子どもの歌に出てくるらしい。原理は宙返り男と同じで、中に入っている金属の玉が動くことによって面白い動きをしながら、坂を転がっていく。書いてある絵がヴェルナー風とはまた違った感じだったので、ウーテさんに「この絵はヴォルフガングさんが描いたのですか?」と尋ねると、「これは、下の工房で働いている社員が描いたものです。工房を見たいですか?」と聞かれて、一同「もちろん!」と答える。

1階にある工房では、2人の女性が働いていた。一人はイースターエッグの絵付け、もう一人はミュージックボックスの箱の接着を行っていた。ラジオが小さな音で鳴っている静かでこぎれいな作業場。絵付け作業は非常に細かい仕事で、卵の形をした木の玉の表面に筆で複雑な模様を描いている。たぶん彼女がまゆ玉落としの絵も描いたのだろう。箱の接着は、にかわで行っており、オルゴール本体は日本の三共のものを輸入しているとのことであった。人形の鼻といったものすごく小さなパーツ(0.5mm位)は長男のクリスチアンさんの工房で、ろくろを使って作ってもらっているらしい。そういった小さなパーツが引き出しごとに仕分けされていっぱい入っているのを見せていただいた。なんと引き出し一杯に腕とか。細かさとその量に圧倒される。

おもちゃ博物館のアウアーバッハ館長が、工房に来てくれて今日の段取りを決める。彼も英語が話せるのだが、今一という面もあって、柿田氏のドイツ語と川島さんの英語とウーテさんのドイツ語+英語の能力を駆使し、メモを使って何とか予定を決める。午後2時におもちゃ博物館の前で待ち合わせて、彼の車で街外れにある野外博物館(Freilichtmuseum)に連れて行ってくれるそう。帰りのタクシーの時間を30分遅らせる連絡をウーテさんにしてもらう。

ウーテさんに別れを告げて、降り積もった雪のなかを歩きながら、次の訪問先である長男クリスチアンさんの工房へ向かう。途中で、ザイフェンのおもちゃのモチーフとして有名な八角形の教会の前を通る。思わずおのぼりさんになって記念写真をとる。相沢氏は露木さんの肩を抱きながら、ツーショットを撮り「Das ist maine Frau!(こいつは俺のオンナー!)」と地元のおばさん達に叫んで笑われていた。教会の前にある学校では、授業を終えた子ども達が、軒先の氷柱に雪玉を当てようとしていた。彼らに「元気かい?」と尋ねると、「元気じゃないよー!」と叫びながら逃げていってしまった。

そして、少し迷いながらもクリスチアンさんの工房に到着。ノアの箱船をモチーフにした看板が立派。クリスチアンさんもニュルンベルクへ行っていて留守。だが、話は通っているので、早速工房を見せていただく。玄関のところのショールームを通り過ぎて1階の奥に行くと、そこにろくろ加工の部屋があった。大きな機械が2台並んでいて、奥の方の機械が主に使われているようだ。ろくろの回転軸は水平方向に1.5m位の長さで、左はしに軸を回転させるためのはずみ車のようなものが付いていて、ここにファンベルトを引っかけると軸が回り、外せば止まるという仕組み。軸には輪切りになった木材が固定されて軸とともに回転する。そこにノミを当てると、見る見るうちに木材が削られていく。このようにして、ドーナツのような木製の輪を作り、それを輪切りにするとゾウやらウマやらといった動物達が金太郎飴のようにできるのだ。これが、ザイフェンで有名なろくろ加工である。この旅で一番見たかったところの一つがこの加工の様子である。相沢氏は熱心に写真を撮り、柿田氏はビデオを回す。実演してくれている方は、ロレンツ(Bernd Lorenz)さんといって、ザイフェンでろくろを回して生計を立てている数少ない職人のひとり。クリスチアンさんに言わせれば、1年中ろくろを回している職人はザイフェンでも4〜5人らしい。簡単なものならできる人は7〜8人で、彼等は旅行者向けにヒツジやウマといった簡単なものを時々作って見せている。このレベルだと、練習すればある程度の人はできる。クリスチアンさんが言うところの「ろくろ職人」は、連れてきた犬を見せて「これを作ってくれ」と言われればそれができる人で、そのためには、形をイメージする力が重要になってくる。今のザイフェンでそれができるのは4〜5人しかいない。ロレンツさんはその数少ない一人なのだ。

ロレンツさんは、でき上がった細いドーナツを割った小さなかけらを、ろくろの脇の出窓のところに置いてある設計図の上に持ってきて、「これがこれだ」と指をさして教えてくれた。ロレンツさんが我々に見せてくれたのは、馬の耳の部分であった。彼は「2階も見るといい」といって、早々に我々を追い払ってしまった。忙しいのだろう。2階では、数人の女性が働いている。ここでは、ドーナツを割ってできた動物達をナイフで削って、よりそれらしい形に仕上げる工程(カービング)と、ゾウの白目に黒目を入れる絵付け作業が行われている。どちらも大切な工程であるが、私は若い女性が作業するカービングに強くひかれた。ろくろ加工したものを割っただけでは、動物の形はしているが厚みのあるただの平たい板に過ぎない。この板をナイフで削って、動物らしい体の曲線を出し、手足やお腹の力強い筋肉の線や、目や鼻といった細かい部分を作り出すと、いかにも白熊らしくなり、生命が吹き込まれる。ナイフの動きには無駄や迷いがなく、一定の順番で作業が進められる。たぶん、彼女にとっては、「背中の部分は最初にああ削って次にこう削って・・・・。次の頭は・・・・」といった具合で、全ての作業が、きれいに折り畳まれて頭の中に入っているに違いない。そして、たぶん頭で考えることなく体が自然に削っていってしまうのだろう。1個あたりの加工時間は約3分。机の上に置いてある白熊達は今朝からの彼女の仕事の成果に違いない。それにしても、ヴォルフガングさんの工房も、この工房も手仕事の部分は女性で支えられている。はるか東の遠い国から来た、物見高い見物客を彼女達はどう思ったのだろう?彼女達は、自分の手を離れた作品達が、東の国のわれわれ売り手や買い手、遊び手達に届いていることを知っているのだろうか?

カービングをする前には、材料はお湯で煮られて柔らかくなっている。この木はFichte(ドイツトウヒ)といって、スプルース(ピアノやバイオリンの響板に使われる柔らかくて美しい材)の仲間の針葉樹。てっきり堅木(かたぎ)と呼ばれる広葉樹(例えばブナ、カエデ)を使っていると思っていたので少し驚いた。しかし、ろくろをするためにはある程度の直径が必要なことや、柔らかくて削りやすいことといった条件が必要で、そういった理由で材料を選んでいるのかもしれない。相沢氏は仕事のために削り終えたドーナツ状のリングを買い、絵にしやすいように切ってもらった。気がつくともうお昼になっていたので、お礼を言っておいとまする。

向かいの小さなレストラン、Zur Bingeという名の Gaststatte(ガストシュテッテ、レストランよりも気取らない、地元の人が通う「食堂」的雰囲気の店)に入り、今日の定食を頼む。家族連れもいるが、皆一様に黙って食事している。ドイツ人は寡黙であるということに、この時初めて気付く。肉とじゃがいもまんじゅう(クヌーデルという名前)の料理でビールを飲む(ドイツ人はだれも昼間から飲んでいないが)。相沢氏は、「ドイツでは、大きな音を立てて鼻をかむのが礼儀正しいのだ」と言って、思いきり鼻をかんだ。それにつられてか、回りのお客が3〜4人続けざまに鼻をかんだので、なんか可笑しい。相沢氏も「な!(笑)」と言ってうれしそうであった。この店のカウンターの椅子が大きなくるみ割り人形で、頭の上が椅子の座面になっている。ちゃんと口も動くのだ。

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