芸術家とデザイナー

芸術家の夢は美術館、デザイナーの夢は市内のスーパー

「この本では、私たちの時代における2つの文化活動の主要な側面、つまり、純粋芸術とデザインを分析することが意図される。この分析に説得力をもたせるために、問題の両極を検証することにしよう。というのも、その他のケースは大なり小なり、この2つの構成要素からわずかに枝分かれしたものでしかないと考えられるからである」(本文より)

今日、〈芸術家〉と〈デザイナー〉の活動が混同されてはいないだろうか? ムナーリは、〈芸術家〉と〈デザイナー〉を並置して、2つの領域を行ったり来たりしながら、両者の立場を成り立たせる社会的・文化的・心理的・能力的な側面を、あの手この手で――ときにプラトンやフロイト、マクルーハンたちの声に耳を傾けながら――描出・分析し、違いを浮かび上がらせてゆく。

人の営みの用に供すべく創り出される、すべてのものの企画設計を意味する〈デザイン〉。その言葉の定義を、改めて教えてくれる。

(裏表紙解説より)

ムナーリは、イタリアのラテルツァ出版から5冊のデザイン・芸術論の本を出しました。本書はその3冊目にあたります。

と言っても、それぞれは全く別の著作で、前の4冊を読まないと理解できないということはありませんので、ご安心下さい。

この本では、ムナーリの他の著作と同様、図版と平易な言葉を用いて、実に分かりやすく論を進めます。読んでいて何度も「なるほど!」と、今までもやもやしていたものがスッキリする感覚を覚えました。

(前略)例えば芸術家が、ある日用品を企画設計する場合、彼は自分の様式でそれを作り上げるだろう。一方、デザイナーはどんな様式も持たない。彼が作り上げる製品の最終フォルムは、企画設計の問題に対する論理的な帰結であり、企画設計の問題におけるすべての要素ーつまり、もっとも適切な素材、もっとも正しい技術を選択し、その両方の可能性を実験し、心理的要素、費用、各々の機能を考慮に入れることーを最良の方法で解決するように提案するものなのである。したがってデザイナーが見据える大衆とは、エリートではなく、むしろ消費者である一般の人々となる。(中略)

他方、芸術家がデザイナーの仕事をしようとすると、かならず主観的な方法で行い、自身の「芸術性」を誇示しようとする。そして、製品に自分の信念が息づき、他の人にも伝わることを望む。(後略)

以上の分析より明らかとなる芸術家とデザイナーの第一の違いは、前者は自分自身とエリートのために主観的な方法で作業し、後者は全共同体のために、実用と美観という観点でより良い製品を作ろうと、グループで作業するということである。したがって、この2つの作業方法は異なると分かる。それでは、どのように異なるのかを見ていくことにしよう。(後略)

序文では、「(芸術家とデザイナーの)どちらか一方を褒めたたえたり、失墜させたりするつもりはない」と書いているのですが、なんとな〜くデザイナーの方に肩入れしているようなニュアンスを感じてしまいます。

しかしながら、この本を読むことで、両者の違いは明解になります(芸術家のアプローチがされたデザインというものも確かにありますね)。はたして自分はどうありたいのか?が見えてくるかもしれません。それが決まったら、デザインについては、「モノからモノが生まれる」などが、芸術的なアプローチについては、「ファンタジア」などが参考になると思います。

余談ですが、先日、第一線で活躍している有名なデザイナーの方にお会いした時、思わず聞いてしまいました。「ムナーリのデザイン論って、今でも有効なんですか?」と。答えは、今でも十分通用します、私も読んでます、とのことでした。うれしかったですね〜。

(2008年6月 佐々木)

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著者:
ブルーノ・ムナーリ
訳者:
萱野有美
寸法:
21×13cm
頁数:
136p
初版:
2007年
原著:
1971年Laterza社(伊)
  • 芸術家とデザイナー/BRUNO MUNARI
  • 2,800円+税(8%税込3,024円)
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立方体を等しいパーツに分割して連結

マルセル・ブロイヤーの椅子(1922年)。モンドリアンなどの様式を実用品に応用した芸術家の作品。

立方空間から抽出された論理的な幾何学フォルム

ムナーリの自作「アビタコロ」

バックミンスター・フラーのドーム

それぞれの絵の下には「ARTE(=ART)」の手書き文字が。


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